大庄屋諏訪家屋敷
おおじょうやすわけやしき
- 更新日
- 2021/09/02
【日本遺産・市指定文化財】
諏訪家に残る系図によると、諏訪家は永正(えいしょう)年間(1500年ごろ)に、諏訪左近将監(さこんしょうげん)長治(おさはる)(小笠原貞朝次男)が信州より来たことに始まると伝えられていますが、確かなことは分かっていません。
諏訪家の事がはっきりとわかるようになるのは、江戸時代に入ってからのこととなります。
諏訪家がある赤野井村は元和(げんな)9年(1623)に成立して幕末まで存続した淀藩(よどはん)の近江国内での飛び地領地でした。諏訪家は、淀藩(よどはん)領で「大庄屋」をつとめ、代々農民の指導者となってきました。
明治維新後、諏訪家当主諏訪安明(やすあき)は、大津県につづき滋賀県に出仕し、その後、初代野洲郡長に任命、その子安敬(やすたか)も玉津村長に選任されるなど、地方自治にも功績を尽くしてきました。
茶室、土蔵、苔のむす庭園など、大庄屋の屋敷建造物が当時の形で残されています。
広大な敷地には江戸時代の庄屋屋敷の特徴が残された主屋や書院、茶室、土蔵などがあり、まるでタイムスリップしたかのようです。
夏には庭の半夏生が見頃となり、毎年素晴らしい景色を見せてくれます。
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